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国際的マリンバ演奏家。演奏活動は世界40ヶ国に及ぶ。

マリンバの新たな奏法を次々と開拓しながら音楽表現の幅を拡げ、数多くの作曲家への委嘱活動を実践。
同時にオリジナル作品も創作することにより、マリンバを独奏楽器として確立させてきた。
演奏の場は広く、ソリストとしてオーケストラや室内楽、打楽器合奏団やジャズ奏者との競演など、
ジャンルを超えたユニークな活動が注目されている。

桐朋学園大学教授、名古屋音楽大学大学院客員教授。シュトゥットガルト音楽大学ビジティング・プロフェッサー。
元ユトレヒト音楽大学客員教授。

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1933年2月4日、神戸に生まれる。 作曲家、ピアニスト。
作曲を平尾貴四男、池内友次郎、ジョン・ケージに、ピアノを原智恵子、ヴィヴェレッジ・ヴェブスターの各氏に師事。

第18回(1949)および20回(1951)日本音楽コンクール作曲部門第1位入賞。
1954年から57年までニューヨークのジュリアード音楽院に学び、その間にエリザベス・クーリッジ賞、
セルゲイ・クーセヴィツキー賞、アレキサンダー・グレチャニノフ賞を受賞。

1961年帰国。自作および日欧米の新しい音楽の紹介と演奏をおこない、さまざまな分野に強い刺激を与える。

1967年、ロックフェラー財団の招聘で渡米、アメリカ各地で作品発表会をおこなう。

1976年、西ドイツ政府の招聘でベルリン市に滞在、欧州各地の音楽祭で自作の発表と邦人作品の演奏をおこなう。
その後再々訪欧し、ヨーロッパのプロムジカ・ノヴァ・フェスティヴァル(1976)、メタムジーク・フェスティヴァル(1976)、
ケルン現代音楽祭(1978、 81)、オランダ・フェスティヴァル(1979)からの作品の委嘱と演奏会のほか、
1981年はベルリン芸術週間からの招聘により委嘱作を含めた作品演奏会、と内外で作曲と演奏活動を意欲的に展開する。

ピアノ協奏曲第1番《空間の記憶》で1981年度第30回尾高賞を受賞。
1984年に、作曲、演奏、プロデュース活動に対して中島健蔵賞を受賞。
また、2度目の尾高賞をヴァイオリン協奏曲《循環する風景》で受賞。
2月にはカーネギー・ホールで同ヴァイオリン協奏曲をニューヨーク初演、
6月には「今日の音楽」フェスティヴァルの1984年度のテーマ作曲家として、西武劇場で作品演奏会をおこなう。
6月27日に日仏文化サミットの一環として、武満 徹とともにパリのシャンゼリゼ劇場でフランス国立管弦楽団、
指揮岩城宏之によるオーケストラ作品の演奏会をおこなう。
その功績により、1985年5月、フランス政府より芸術文化勲章を受章。

1988年11月、サントリー音楽財団の主催による「作曲家の個展: 一柳 慧」で、同財団委嘱曲、交響曲《ベルリン連詩》を発表。
この演奏会の成果により、1989年1月第30回毎日芸術賞受賞。同じく1989年には、京都音楽賞大賞、
また、ピアノ協奏曲第2番《冬の肖像》により3度目の尾高賞を、それぞれ受賞している。

80年代から90年代にかけて、国立劇場からの委嘱により、雅楽、伶楽、声明、舞のための大規模な作品群、
《往還楽》、《雲の岸、風の根》、伶楽交響曲《闇を熔かして訪れる影》などを継続的に発表。
1989年9月には、国立劇場の二つのホールを同時につかった伶楽交響曲第2番《日月屏風一雙 虚諧》を初演。

1989年に伝統楽器群と声明を中心とした合奏団「TIME-東京インターナショナル・ミュージック・アンサンブル-新しい伝統」を組織。
以来、アメリカ各都市と、イギリス、ドイツ、オーストリア、フランス、ノルウェーなどヨーロッパ各地の演奏旅行をおこない、
ベルリン・フェスティヴァル、ウィーン・モデルン、ハダースフィールド現代音楽祭、ウルティマ・フェスティヴァルなど、
多くの音楽祭に出演し、自身の伝統楽器群と声明、舞のための《道》、《道II》などを初演している。

現在、「TIME−東京インターナショナル・ミュージック・アンサンブル−新しい伝統」の芸術監督、
現代音楽祭インターリンク・フェスティヴァル芸術監督、国立劇場専門委員、日本音楽コンクールの委員、
神奈川芸術文化財団芸術総監督などをつとめ、現代音楽の普及にも携わっている。

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1979年生まれ、神奈川県出身。東京音楽大学、同大学院を修了。これまでに、湯浅譲二、池辺晋一郎、細川俊夫、久田典子、山本裕之の各氏のもとで作曲を学んだ。

フルートとクラリネットのための《TILT》で第20回現音新人賞を受賞(2003)。アンサンブル「本歌取りプロジェクト」による《ガトリングヨハン》の演奏が、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「ハルモニア杯」審査員特別賞を受賞(2009)。
作品はこれまでに、武生国際音楽祭(2009/2012)、仏・ロワイヨモン作曲セミナー(2010)、HIROSHIMA HAPPY NEW EAR X(2011)、韓・大邱国際現代音楽祭(2014)等で紹介されているほか、宮田まゆみ、鈴木俊哉、西川竜太、ヴォクスマーナ、中川賢一、中川俊郎、松平敬、大井浩明、甲斐史子、大須賀かおり、亀井庸州、多井智紀、藤元高輝、Nicolas Horvathなど、多くの同時代の演奏家によって室内楽作品、独奏作品、合唱作品を中心に演奏されている。近作に、バリトン、ヴァイオリン、打楽器、ピアノのための《組曲「鼻行類について」》(2014)や、左手のピアノのための《アイリス》(2014)など。

生物全般に深い関心を寄せ、作品の多くが題名に生物の名前を取る。代表作の1つである、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための《組曲「甲殻」》に聴くことのできる調性・旋法的な瑞々しい響き、そして《組曲「木星の眷属」》や《グリズリー》に現れる攻撃的音響の両方を、川上の作風として挙げることができる。多くの作品が、クラシックや現代音楽の枠に囚われないリズムの躍動に貫かれていることも特徴。

現在「Ensemble Contemporary α」、「本歌取りプロジェクト」、「Tokyo Ensemnable Factory」各メンバー。自身でチェロやピアノを用いた即興演奏を行い、現代音楽のみならず、様々な音楽やダンス等の他芸術とのコラボレーションも多い。

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1982年生まれ、千葉県出身。東京音楽大学、同大学院修了(2008)、ローム ミュージック ファンデーション奨学金、文化庁新進芸術家海外研修制度、デンハーグ王立音楽院より助成を受け、アムステルダム音楽院およびデン・ハーグ王立音楽院を修了(2009-2014)、インドネシア政府奨学金および野村財団より助成を受け、インドネシア国立芸術大学スラカルタ校でジャワ・ガムランの演奏と理論を学ぶ(2014-2015)。これまでに作曲を池辺晋一郎、伊左治直、遠藤雅夫、佐藤眞、藤原豊、福田陽、細川俊夫、Wim Henderickx、Martijn Padding、Yannis Kyriakides各氏に師事。

オーケストラ作品《ケサランパサラン》で第17回芥川作曲賞受賞(2007)。その後、第76回日本音楽コンクール作曲部門第2位と聴衆賞、第18回出光音楽賞、アリオン賞等を受賞。

作品は、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、Asko|Schonberg Ensemble、Nieuw Ensemble、東京混声合唱団、ヴォクスマーナ、アンサンブル・ジェネシス、大井浩明、大萩康司、村田厚生、吉原すみれ各氏、武生国際音楽祭、ガウデアムス国際音楽週間(ユトレヒト)、上海現代音楽週間、Music From Japan Festival(ニューヨーク)、Toonzetters(アムステルダム)、テレビ朝日「題名のない音楽会」、NHK教育テレビ、NHK-FM「現代の音楽」等で演奏、紹介されている。自作自演ユニット「鬼子母神不眠ガールズ」、エロティシズムをテーマとするアート・ユニット「すけべ人間」各メンバー。
作品の題材によって様々な作曲スタイルを用いながらも、斬新なオーケストレーション、細やかな音形や特殊奏法などによって造られる音響のテクスチュアと色彩が、小出の作風を特徴づけている。

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1981年オランダ・デンハーグ生まれ。東京藝術大学作曲科卒業、同大学院古楽科修了。ハーグ王立音楽院修士課程オルガン科を首席で修了。同音楽院即興演奏科を栄誉賞付きで修了。アムステルダム音楽院チェンバロ科にも学ぶ。作曲を永冨正之、尾高惇忠および青島広志の各氏に、指揮を北原幸男氏に、オルガンを鈴木雅明、ヨス・ファン・デル・コーイ、早島万紀子、内海恵子の各氏に、チェンバロをボブ・ファン・アスペレン氏に、ピアノ・フォルテピアノ及び歌曲伴奏法を、小林道夫、コンラート・リヒター、三善晃、木村徹、ヤコブ・シュテンプフリ、加藤智子、スタンリー・ホッホランド、砂原悟、ロジャー・ヴィニョールズの各氏に学ぶ。オランダ、フォールブルク在住。作曲家・ピアニスト・チェンバリスト・オルガニスト・指揮者として、またコンサート企画や演出など、垣根の無い活動を続けている。

2002年よりバッハ・コレギウム・ジャパンのプレイヤーとして定期演奏会、カンタータ全曲録音(BIS)および海外ツアーに数多く参加。2005年、ヴァイオリニストの山口幸恵とともに「アンサンブル・ジェネシス」を結成、音楽監督を務め、オリジナル楽器を用いてバロックから現代音楽までの斬新なプログラムを展開する。東京・渋谷の白寿ホールでの演奏会シリーズの成功により、NHKで『アンサンブル・ジェネシス〜光と影〜』が制作された。2011年、神奈川芸術劇場での『エウリディーチェの嘆き』では音楽・ダンス・映像・照明・電子音響との複合的な公演で高く評価された。これまでにヨーロッパ各地でも公演。2013年より2015年まで横浜シンフォニエッタの首席指揮者。トッパン・ホールのランチタイムリサイタル(2007年6月)、東京オペラシティ・リサイタルホールの「B→C」(2008年5月)、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン音楽祭スペシャル・コンサート(2010年)などに出演。

2004年3月、バッハ《ゴルトベルク変奏曲》の演奏と自作品を組み合わせた個展を開催。東京藝術大学在学時に取り組んだバッハのカンタータ第190番喪失楽章の復元は高く評価され、Carusより出版されている。2006年11月、ドイツ・ワイマール「Melos Logos」音楽祭において《Apokalypsis II》がペーター・コーイ指揮セッテ・ヴォーチによって初演され、作品がワイマールのアンナ・アマリア図書館に所蔵される。この他、合唱のための《さふらん》(青山学院大学コール・フロッシュ委嘱)、パイプオルガンとコンビネーション機能のための《YOKOHAMA》(横浜みなとみらいホール委嘱)、4つの旋律楽器のための《Apokalypsis V》(ムジカ・ヴィッツ委嘱)、アカペラのための『深き淵より』(東京ムジーククライス委嘱)など作品多数。

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1965年、東京に生まれる。
桐朋学園大学で作曲を学んだのち、1990年から92年までDAAD奨学生としてフライブルク音楽大学に留学。
1993年から94年まで、文化庁芸術家在外研修員としてパリに滞在し、95年までフランス国立音響音楽研究所(IRCAM)で、
コンピュータ音楽を研究する。 作曲を末吉保雄、クラウス・フーバー、サルヴァトーレ・シャリーノに、
コンピュータ音楽をフィリップ・マヌリに、オルガンをジグモント・サットマリーに師事。

ローマのブッキ国際作曲コンクール第1位(1991)、ワルシャワのセロツキ記念国際作曲家コンペティション第2位(1992)、
芥川作曲賞(1996)をはじめ、アムステルダムのガウデアムス国際音楽週間(1992)やISCM世界音楽の日々(2001)での入選、
芸術選奨文部科学大臣新人賞(2002)など、国内外で数多くの賞を受賞。

カトリックの信仰に基づく儀式としての音楽空間を探究。
近年は仏僧、聲明家とのコラボレーションを通じて、仏教音楽との交流から新たな領域を開拓している。
また、ノイズ・ミュージックのMERZBOWをはじめ、ヴィデオ・アーティストの兼古昭彦、ダンサー・振付家の金森穣など、
他分野における第一人者とのコラボレーションも多い。

コンサート・プロデューサーとしても意欲的な活動を行っている。
1995年から5年間、渋谷ジァンジァンで、シリーズ「東京20世紀末音楽集団→2001」、1997年から99年まで神奈川県立音楽堂で、
「権代敦彦シリーズ・21世紀への音楽」を企画制作。1995年および99年には、東京カテドラルで自らの個展をプロデュース。
2004年には、サントリー音楽財団のコンサートシリーズ「トランス・ミュージック〜対話する作曲家」の特集作曲家として企画も手がけた。

オーケストラや合唱作品を集めたCD『薔薇色の肖像』(Fontec)が1999年に、
ピアノ作品をまとめたCD『きらめく光のとき−祈り』(ALM RECORDS)が2004年にリリースされている。

2000年にはニュージーランドのウエリントン・ヴィクトリア大学、オークランド大学で講義を行う。
また2003年、アーティスト・イン・レジデンスとしてノルウェーのベルゲンに滞在。ベルゲン大学グリークアカデミーで講義を行う。

2004-2005年、オーケストラ・アンサンブル金沢のコンポーザー・イン・レジデンス。カトリック教会オルガニスト。

現在、パリと東京を拠点に作曲活動を展開している。

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1938年、東京に生まれる。
柴田南雄、小倉朗、ヤニス・クセナキスに作曲を学ぶ。
1963-72年ドイツ、スウェーデン、アメリカに滞在、現代音楽のピアノ演奏とコンピューター音楽の研究。

1973-75年武満 徹らと共に季刊雑誌『トランソニック』編集。1978-85年「水牛楽団」で世界の抵抗歌をアレンジ・演奏、
1980-87年月刊ミニコミ『水牛通信』発行。1976年から画家・富山妙子とスライド作品の製作をつづける。

三宅榛名、ジョン・ゾーン、高田和子と共演。田中信昭との協同作業でこれまでに合唱音楽を20曲以上作曲。

平凡社から『高橋悠治/コレクション1970年代』『音の静寂静寂の音』、
福音館から富山妙子との共作CD付絵本『けろけろころろ』が刊行されている。

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1930年、東京に生まれる。おもに独学で作曲を学んだ。
作品は、コンサート・ピースから電子音楽、映画音楽、舞台音楽、ポップ・ソングまで多岐にわたる。
「タケミツ・トーン」と呼ばれた独特の響きは、世界中の演奏家、音楽ファンを魅了した。

また1973年から1992年までおこなわれた「Music Today」の音楽監督や、
1986年に始まった「サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ」を監修するなど、
常に同時代の音楽に高い関心をもち、多くの優れた作曲家を日本に紹介した。

名エッセイストとしても知られ、『音、沈黙と測りあえるほどに』などの他多数の著書がある。

1996年、65歳で死去。

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1955年、広島に生まれる。 1976年から10年間ドイツ留学。
ベルリン芸術大学でユン・イサンに、フライブルク音楽大学でクラウス・フーバーに作曲を師事。

1980年、ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習に初めて参加、作品を発表する。
以降、ヨーロッパと日本を中心に、作曲活動を展開している。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団創立100周年記念作曲コンクール第1位 (1982)、中島健蔵賞 (1988)、
ラインガウ音楽賞 (1998)、デュイスブルク音楽賞 (1998)、ARD-BMW ムジカ・ヴィヴァ賞 (2001)、芸術選奨文部科学大臣賞(2008)、
サントリー音楽賞(2008) を受賞するなど、国際的に高い評価を得ている。2001年、ドイツ・ベルリンの芸術アカデミー会員に選ばれる。
2006年から2007年にかけてベルリン高等研究所からフェロー(特別研究員)として招待された。

ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習における講師 (1990〜) やルツェルン国際音楽祭(2000) 、 ムジカ・ノヴァ・ヘルシンキ (2003) の
テーマ作曲家をはじめ、ヨーロッパの重要な現代音楽祭のほとんどから招待作曲家あるいは講師として招かれ、作品が演奏されている。
1998年ミュンヘン・ビエンナーレの委嘱により、初めてのオペラ『リアの物語』(鈴木忠志の台本・演出) を初演、
「東洋と西洋の出会いから新しい音楽世界を切り開いた作品」と絶賛された。
2004年エクサンプロヴァンス音楽祭の委嘱により、2作目のオペラ『班女』がフランスで世界初演、ブリュッセルのモネ劇場で再演、成功を収める。
2005年8月、ザルツブルク音楽祭において、同音楽祭委嘱のオーケストラ作品がヴァレリー・ゲルギエフ指揮、
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によって世界初演された。

2001年より武生国際音楽祭音楽監督。2004年より東京音楽大学客員教授。

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1950年5月20日、兵庫県芦屋市に生まれる。 中学生の頃から、全くの独学でピアノと作曲を始める。
1969年3月、東京都立西高等学校卒業。 1971年から翌年にかけて、三善晃に作曲を師事する。

1973年の第42回音楽コンクール作曲部門で、「弦楽四重奏曲第一番」が第三位に入賞。
1973年、作曲家のグループ「深新会」に入会。第2、3、5、7回の各作品展に出品。その後、1980年に退会。

1983年、7人の演奏家と7人の作曲家によるグループ「アンサンブル・ヴァン・ドリアン」に参加。 作曲、企画、指揮に携わる。

1988年9月から1989年3月まで、Asian Cultural Councilの援助を得て、ニューヨークに滞在し、
帰国直前には、ロンドン ・シンフォニエッタの招きにより、ロンドンでの《五月の朝》のヨーロッパ初演に立ち会う。

オーケストラ曲、室内楽、歌曲、合唱曲などあらゆるジャンルの作品を発表。
国内のみならず、ボストン交響楽団室内アンサンブル、ロンドン・シンフォニエッタ 、リンカーン・センター室内楽協会、
アルディッティ弦楽四重奏団などの外国の演奏家たちによっても、しばしば作品が演奏された。
また、一方で、映画、舞台、テレビ、ラジオ などの音楽も数多く手がけた。

1997年1月13日死去。享年46歳。

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 国立音楽大学在学中よりミニマルミュージックに興味を持ち、現代音楽の作曲家として出発。1984年の映画「風の谷のナウシカ」以降「となりのトトロ」など宮崎駿監督の9作品の音楽を担当するほか、北野武監督「HANA-BI」、滝田洋二郎監督「おくりびと」、李日相監督「悪人」など数々の映画音楽を手掛けている。2001年には自らも映画監督としてデビューを果たした「Quartet カルテット」を製作。音楽・共同脚本をも手掛けた本作品は、日本初の本格的な音楽映画として、モントリオール映画祭のワールドシネマ部門正式招待作品に選ばれた。

ピアノソロや室内楽、オーケストラなど演奏活動も国内外問わず精力的に行っており、2004年にはカンヌ国際映画祭オープニングセレモニーでバスター・キートンの無声映画「The General」のフィルムコンサートを行った。同年7月、新日本フィルハーモニー交響楽団と「新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ」を結成し、初代音楽監督に就任。2008年8月「久石譲 in 武道館―宮崎アニメと共に歩んだ25年間―」では管弦楽と混声合唱・児童合唱、吹奏楽、マーチングバンドを含む総勢1200名の大規模編成を指揮・ピアノ共演し大いなる成功に導いた。2010年アジア・オーケストラツアーでは10都市16公演を敢行。

2011年5月には第4回クラクフ映画音楽祭(ポーランド)にてフィルムコンサートを行い、6月7月には同プログラムを携えパリ、北京、東京、大阪で東日本大震災支援チャリティーコンサートを開催、約3万人の観客を前に大成功で締めくくった。

1981年「MKWAJU」から2010年「Melodyphony」まで多数のソロアルバムをリリース、作曲だけでなく指揮・演奏・プロデュースをも手掛け、ジャンルにとらわれない独自のスタイルを確立する。2009年から指揮者としても本格的な活動を開始。「久石譲クラシックス・シリーズ」では、積極的にクラシック音楽を取り上げたコンサートを開催し、ライヴ盤「JOE HISAISHI CLASSICS」としてアルバムCD化。近年、本名の「藤澤守」名義による作品も発表するなど、その活動は留まることを知らない。

国内ではこれまでに数度にわたる日本アカデミー賞最優秀音楽賞をはじめ数々の賞を受賞。海外でも音楽監督を務めた韓国映画「トンマッコルヘようこそ」や中国映画「おばさんのポストモダン生活」で各国の最優秀音楽賞を受賞。近年では2010年ジェット・リー主演の中国映画「海洋天堂 Ocean Heaven」、2011年姜文(チアン・ウェン)監督「弾が飛んでる Let the Bullets Fly」、張之亮(ジェイコブ・チャン「肩の上の蝶 Rest On Your Shoulder」の音楽を手掛け、国内外で高く評価されている。
紫綬褒章受賞。国立音楽大学招聘教授。
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 1982年、大阪生まれ。京都市立芸術大学卒業、同大学院修了。ブレーメン芸術大学に派遣留学。明治安田クオリティオブライフ奨学生。これまでに澤田博、松本日之春、前田守一、中村典子、川島素晴、ヨンギ・パク=パーンの各氏に師事。「音を視る、音で造形をデザインする」というコンセプトで、「ポップな毒性」をテーマに作品を描いている。

室内楽作品《トランセンド》で第22回日本現代音楽協会作曲新人賞富樫賞受賞(2005)。オーケストラのための《水玉コレクション No.01》で第75回日本音楽コンクール第1位および明治安田賞、増沢賞を受賞し(2006)、第17回芥川作曲賞ファイナリストとなる(2007)。室内オーケストラのための《水玉コレクション No.04》で第20回芥川作曲賞受賞(2010)。2010年「Music Tomorrow」でNHK交響楽団委嘱作品《水玉コレクション No.06》初演、2012年「サントリーサマーフェスティバル」で、サントリー芸術財団委嘱による、琵琶とオーケストラのための《ハラキリ乙女》初演。第9回浜松国際ピアノコンクール委嘱作品《イルミネイテッドベイビー》が第2次予選課題曲となる(2015)。

これまでに、読売日本交響楽団、NHK交響楽団、いずみシンフォニエッタ、アール・レスピラン、アンサンブル室町、西原鶴真、低音デュオ、菊本和昭、コンテンポラリー・デュオ、松本淳一、モルゴーア・クァルテット、邦楽四重奏団などによって作品が演奏されている他、海外でも、ロワイヨモン作曲セミナーやミュージック・フロム・ジャパンなどで紹介されている。会田誠展「天才でごめんなさい」(2013)でのパフォーマンスなど、視覚芸術など他分野と関わる創作も多い。日本アルバン・ベルク協会発行「ベルク年報」にて自作論「音を視る」を発表(2009)。

京都市立芸術大学非常勤講師を経て、現在は東京を中心に活動している。2007年から2013年まで、作曲家の川島素晴とともに現代音楽コンサートシリーズ「eX.(エクスドット)」を主宰。JFC日本作曲家協議会、AFJMC日仏現代音楽協会各会員。 商品ページへ >>

1929年8月12日、福島県郡山市に生まれる。
作曲は独学。慶応大学医学部進学コース在学中より音楽活動に興味を覚えるようになり、
やがて芸術家グループ<実験工房>に参加、作曲に専念する (1952)。

以来、オーケストラ、室内楽、合唱、劇場用音楽、インターメディア、電子音楽、コンピュータ音楽など、幅広い作曲分野で活躍している。

これまで彼の音楽は、映画や放送のための音楽を含めて、ベルリン映画祭審査特別賞 (1961)、
1966年および67年のイタリア賞、サン・マルコ金獅子賞 (1967)、尾高賞 (1972、88、97)、日本芸術祭大賞 (1973、83)、
飛騨古川音楽大賞 (1995)、京都音楽賞大賞 (1995)、サントリー音楽賞 (1996)、紫綬褒章 (1997)、恩賜賞 (1999)、
日本芸術院賞 (1999) など、数多くの賞を受けている。

ニューヨークのジャパン・ソサエティ (1968ー69) をはじめ、実験音楽センターUCSDの招待作曲家 (1976)、
DAADのベルリン芸術家計画 (1976ー77)、シドニーのニュー・サウス・ウェールズ音楽院 (1980)、トロント大学 (1981)、
フランス国立音響音楽研究所 (IRCAM; 1987) など、内外数多くの給付招聘を受けている。
また、ハワイにおける今世紀の芸術祭 (1970)、トロントのニュー・ミュージック・コンサート (1980)、香港のアジア作曲家会議 (1981)、
ブリティッシュ・カウンシル主催の現代音楽巡回演奏会 (1981)、ニュージーランドのアジア太平洋祭 (1984)、
アムステルダムの作曲家講習会 (1984、87)、ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会 (1988)、レーケンボー音楽祭 (1986、88)、
パシフィック・ミュージック・フェスティヴァル太平洋作曲家会議 (1990)、東京オペラシティ・コンポージアム2002などに、
ゲスト作曲家、講師として招かれている。
1981年より94年まで、カリフォルニア大学サン・ディエゴ校(UCSD)教授として、教育と研究の場でも活躍。

現在、UCSD名誉教授、日本大学芸術学部大学院研究所教授、東京音楽大学客員教授。
1998年より「サントリー国際作曲家委嘱シリーズ」のアーティスティック・ディレクター。
さらに、クーセヴィツキー音楽財団によるオーケストラ曲の委嘱をはじめ、NHK交響楽団、ザールラント放送交響楽団、
ヘルシンキ・フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、カナダ・カウンシル、サントリー音楽財団、
IRCAM、米国国立芸術基金などから、オーケストラ、室内楽、合唱、電子音楽など、多数の委嘱を受けている。

これまで、オーケストラを含む多くの作品が、ISCM世界音楽の日々 (1971、74、78、79、81、83、84、85、86、91、93、95) や
ワルシャワの秋 (1969、76、78、81、84、86)、ホライゾン'84などを通じて、広く世界で演奏されている。

1981年より94年まで、カリフォルニア大学サン・ディエゴ校 (UCSD) 教授として、教育と研究の場でも活躍。
現在、UCSD名誉教授、日本大学芸術学部大学院研究所教授、東京音楽大学客員教授。

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